愛以上、恋未満。

アイドルに胸張って生きてる人たちを胸張って応援するブログ

眼中になかったのに、視界の真ん中に来られたらもう推すしかないじゃない。

「第一印象は3秒で決まり、その後大きく変わることはない」

そんな言葉をぼんやり思い出しながら、そんなの嘘だよ……と思う。

私の第一印象は生で見たたった1つの舞台の、ほんの数十分…いや、数分で大きく変わり、私の世界を大きく変えてしまった。

 

彼の名前は末澤誠也。私が少し前から気になっていた「Aぇ!group」の一員。

何故かAぇ担が周りにたくさんいた私もそのうち興味を引かれ、徐々に現場に行く回数が増えていた。

とはいえ関西随一の大人気グループ。年末にあった単独は当然外れ*1年始にあった狼煙も見事に落ちてしまった私には彼らを生で見る機会がなかった。

単独公演がない代わりに、個人の舞台やソロコンが立て続けに発表されたので、「Aぇ!group個人面談」と勝手に称してメンバーを順番にコンプリートしていった最後の現場だった。(大晴くんだけは個人現場がなかったので、正式にはライブに行けばコンプリートだけど)

他の現場の話も追い追いしていきたいけど、概ね期待通り、予想通り。もちろんステージは素晴らしかったけど、個人の印象が180°ぐるっと変わることは、そうそうなかった。

 

 

 

前置きが長くなりました。ここからが私の沼落ちブログ兼末澤誠也くんのお誕生日ブログです。

 

 

 

 

 

 

末澤くんのことは、正直特別好感も不快感もなく、なんというか私の中では「その中の1人」という感覚だった。ただ、私の大好きな自担(神山さん)が特別気にかけている後輩*2ということもあって、きっと素敵なアイドルなんだろうな…という責任感の欠片もない印象だけを抱えていた。

今回出演するミュージカルも「メンバーだから」以上の理由はなく、知ってる人が出るなら…内容知らないけどミュージカル好きだし…という恐ろしく軽い気持ちで観劇した。

その2時間半がこれからの世界を大きく揺るがすことも知らずに…。

 

 

ミュージカルの演目は「The Boy from OZ」、1970-90年代に大活躍したオーストラリア出身のシンガーソングライターの生涯を描いた内容で、末澤くんは彼が生涯愛した恋人、という役どころ。

私がどれほど予備知識を入れずに行ったかというと、「おず…?オズの魔法使いのオリジナルリメイク…??」という勘違いを抱えたまま席に着いたほど。(流石に酷すぎる)(劇団四季見に行く小学生の方がよっぽど予習してる)

中途半端にネットから情報を拾っていたので

・坂本くんが主演で主人公のピーターアレンは同性愛者

・つまり末澤くんとはゲイカップル

・末澤くんの出番は少ないらしい。

という情報だけは認識していた。えげつない情報の偏り。いい加減にしてほしい。

そんなこんなで幕は上がり、ステージが開かれる。

一幕はピーターの生い立ちから前妻ライザとの離婚まで。二幕でやることある…?と尺を心配してしまうほどの大ボリューム。

噂には聞いていたものの、ステージ上の坂本くんはまさに「スター」という言葉がピッタリ。

ハキハキと聞き取りやすい声にスマートな立ち振る舞い、俊敏でメリハリのある動きに見とれているうちに、ダラダラとしたト書きの部分はいつの間にか終わっていて、目まぐるしく進んでいくピーターの人生が1回の観劇でもしっかりと頭の中に入ってくる。本物のスターがもつ隠しようのない引力というのは、きっとこういう類のものなんだろう。そんなことを素人の私でも考えてしまうほど…。

坂本くんの持つ引力の話を舞台内容にそって進めていくことは幾らでもできるけれど、あくまで今回は末澤くんのお話なので、一旦ここで割愛。

 

出番が少ないとは聞いていたけれど、具体的にどのタイミングで末澤くんが出てくるのか知らなかった私。一幕からアンサンブル一人一人を血眼で追いかけるも見つけられず。(そりゃそうだ出てないんだもん)

出番が少ない=ちょい役=アンサンブルも兼任しているのでは?という私の推理は玉砕。笑

そして待ちに待った二幕のグレッグ登場シーン。

ピーターの人生を追いつつも、グレッグ*3の登場タイミングがずっと気になっていた私は彼の姿を捉えた瞬間、言葉で言い表せない不思議な感情に包まれた。

ずっと彼に会いたかったような、ようやく待ち焦がれた時がやって来た時のような高揚感。

一幕に出番がなかったからプラセボ効果のような勘違いをしているだけだ。と言われたらそれまでだけれど、「ようやく会えた」という安心感みたいなものでいっぱいだった。

 

グレッグの声は末澤くんよりも低く、ハリがあって、一言発しただけで周りを威圧してしまうような力があって、普段YouTubeで聞いているような甲高い声と真逆の声に小さく衝撃が走ったのを今でも鮮明に思い出せる。(普段は甲高い声で威圧してますけども)(笑うとこ)

役を…纏っている……。

私が目の当たりにしたのはAぇ!group末澤誠也ではなく、「グレッグ・コンネル」だった。正真正銘本物のグレッグがそこにいた。

ピーターを冷たく突き放す態度を取り続け、悪態をつき続けるも徐々にピーターの調子に波長があっていき、2人はやがてお互いにとって唯一無二の存在に。

言葉にしてしまえば簡単だけど、グレッグにとってこれは一生に1度あるかないかの大革命だったんじゃないかな、と想像してみる。

あの話し方、口ぶり、言い方は悪いけどきっと交友関係は広くないし、「好かれる」よりも「嫌われる」が多い人生だったんじゃないかと思う。嫌われる経験がどんどん積み重なって彼をますます意固地にさせて、意固地で冷たい彼だから誰も寄り付かなくなって…でも、そんな彼も心の奥では“愛される”を求めていたことが徐々に分かってくる。

傷つきたくないから、ショックを受けたくないから、一夜限りで終わる関係を続けて、相手を試すような言い方を繰り返して、心の繊細な部分を全部なくしたみたいなをして生きている。

そんな何層にも塗り固められた固くて冷たい心の奥にしっかりと手を伸ばしてくれたのがピーターアレンその人だった。

もう何十年もそうやって生きてきたから言葉にこそ素直に出せないものの、彼にとってピーターが救いのような存在だったのはほんの少し、数十分のシーンの中でもひしひしと伝わった。

そして、これは期待を込めた想像だけど、そのことをピーターもよく分かっていたんじゃないかと思う。だからといって、それを逆手にとってグレッグを操ろうとはせず、ただ真っ直ぐに、愛を伝え続けた。そんなピーターだったからこそ、グレッグの心の拠り所になれたんじゃないかと思う。

 

そんな、パズルの欠片がぴったりと合わさった2人にもお別れがくる。

グレッグの出番が少ないのは、ピーターとお別れをしたからだった。恋愛上のお別れではなく、一生に1度しか来ない、“死” という名のお別れ。

せっかく運命の、たった一人の相手に出会えたのに、二人の幸せな時間はあっという間に幕を閉じる。本当にあっという間に。

エイズに罹って、死を意識したグレッグはどれほど怖かったんだろう。未来の戯曲の話を楽しそうにするピーターがどれほど遠く感じたんだろう。

それを想像するだけでも恐ろしく、深く悲しい気持ちになる。

だけどグレッグは最期の1秒までグレッグのままで、「愛してる」どころか、好意のひとつも口にせずにこの世を去ってしまった。それを「彼らしい」と表現するピーターもまた寂しそうで、少し嬉しそうで、思い返すだけで涙が溢れてしまう。

でも、言葉や行動こそ分かりやすく出さないものの、彼の真意は傍観者の私たちにもはっきりと分かる。エイズを打ち明けるシーン、ずっと強がって、緊張感の溢れる表情をしていたグレッグが、ピーターに抱きしめられた瞬間その表情をグシャグシャに崩して泣き崩れる。

ああ、なんて不器用な人なんだろう、と、愛おしい気持ちでいっぱいになったとき、「これがピーターのグレッグへの気持ちなのか」と実感として経験出来てしまった。

彼がもっと生きられたら、もっとピーターの傍にいられたら、この物語はもっと違う結末になってたんだろうか……なんて考えてしまうほどには、お目当てかどうかを差し置いて観客の視線と心をかっさらうパワーを持っていたグレッグ。本人はピーターよりも背が高かったらしく、体格も背格好も末澤くんとは全く違う。

けれどこの役は末澤誠也にしか出来ない。きっとこの役は彼だからこんなにも人の心を惹き付けてしまったんだと、贔屓目なしにそう言える。

 

 

 

グレッグが去ったのち、ピーターは意気消沈。

長年連れ添ったプロデューサーと衝突して契約解除、あんなに楽しそうに話していたミュージカルも上手くいかず、大赤字。

そんなピーターのもとに、グレッグがやって来る。

演出上なのか、夢の中に出てきたという設定なのか曖昧ではあるものの、なにはともあれ私たちはまたグレッグに会えた。

生きていた頃からは考えられない柔らかい口調と優しい眼差しに「本当にこの人は死んでしまったんだ」と逆説的に実感して悲しくなるけれど、そんな“らしくない”グレッグだからこそ、「愛してる」を口にしてくれたんだと思う。

あの世に行って、なんの飾りもないありのままの姿になったからこそ聞ける、心からの「愛してる」はほんの数十分しか見ていない私にさえ(いい意味で)大きなダメージを与えた。

ここで歌われた「I honestly love you」はグレッグの歌唱シーンの中でも特に大きく印象に残っていて、観劇後も繰り返し聞いてる。(こういう時にブロードウェイミュージカルは助かる。聞いた声そのものじゃなくても、ステージで聞いた曲をすぐに聞ける。)

生きている間に「愛してる」を言わなかったグレッグだけど、亡くなってもなお、魂が浄化されてもなお、ピーターのことを思い、寄り添い、彼の幸せと成功を願っている。どんなに鈍感でもそのくらいのことは容易に想像出来てしまうほど暖かく優しい歌声だった。

 

グレッグに背中を押されたピーターは立ち上がり、立ち直り、再び成功を納めてフィナーレ!というのがとってもとっても雑なあらすじ。

 

生死の関わらない別れという側面もあるかもしれないけれど、ライザとの別れの後とは全く違うピーターの態度から、彼にとって「グレッグ・コンネル」という存在がいかに大きく偉大なものだったかを思い知らされた二幕だった。

 

フィナーレのナンバーの中で、これまでの登場人物が総登場する。

マラカスを両手に持って軽快なステップで現れたグレッグを見て、ようやく「末澤誠也」を認識した。

物語の本筋からズレて、ようやく彼を「中の人本人」として認識できた。

それくらい、役を纏いきっていた。

 

「グレッグ・コンネルは亡くなってしまったけど、末澤誠也は今この瞬間このステージの上で生きている」その事実に気づいてしまった瞬間、どうしようもなく彼のことが愛おしくて堪らなくなった。

グレッグという役に感情移入していたつもりが、いつの間にか末澤くん…いや、誠也くんにのめり込んでいた。

始まる前まで彼のことを「すえ」と呼んでいた私も気づいたら「誠也くん」と呼び、気づいたら激重感情を末澤担(この時点で未観劇)の友人に流し込んでしまったので、かなりびっくりされた。

大丈夫。1番びっくりしてどうしていいか分からなくなってるのは私。

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↑観劇後一言だけ送ったLINE。なんの脈絡もなくこれだけ送られてきたら怖いよなぁ…とちょっと反省してる(してない)

 

そんなこんなで、軽い気持ちで見に行ったはずの舞台でまんまと末澤担(仮)になって帰ってきた。

 

1公演でも見れればいいや〜のモチベーションだったにも関わらず、この数日後にほかの公演日のチケットを探し、まんまと10日後に2回目の観劇をするハメになるけど私は全く悪くない悪いのはグレッグ。(早口まくし立てオタク)

 

そうして末澤担と話しているうちに「グレッグと誠也くんはとても似ている」ということに気づき、彼らを重ね始めてまた抱えきれない感情に襲われることになるけれど、それはまた別の話。

…本当は一気に書こうとしたけどOZの話を始めたらそれだけで大変な量になってしまったので1回このあたりにしておくことにする。

 

そんな誠也くんとの出会いから早2ヶ月。

本日彼は誕生日を迎え、私たちは同い年になった。

自担は長らく年上で、神山さんは一個上というほぼ同世代だけど、自担が全くの同い年というパターンを今までに経験して来なかったので、とても不思議な気持ちで今日を過ごした。

私の本命はあくまで佐野晶哉なので、これから私の中での彼の立ち位置がどう変化していくのかは想像出来ないけど、これからも彼のどうしようもない引力に悩まされ続けるんだろう。

それでも私はグレッグと反対に誠也くんを真っ直ぐ応援したいし、それが出来るこの環境に感謝を示したいと思う。

 

だって彼は今も生きていて、今日もステージに立ち続けてくれるから。

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お誕生日おめでとう。28歳もよろしくね。

*1:まぁ当たったとしてもその当初は周りのAぇ担に譲り渡していたと思う。去年まではそれくらいの熱量だった。

*2:と、何度も話に出てきている末澤担の友達が一瞬で沼落ちしたアイドルというのも気になっていた理由の1つ

*3:末澤くんの役名。当然私は予習していなかったので名前を知ったのは劇中です(ドヤるな)