NEWS手越祐也が死んだ。
NEWSという肩書きが本当に、完全に消えてしまった。
担降りどころかそもそもの「担当」がいなくなってしまったので、これを担降りブログと呼ぶべきなのかすらあやふやだけれど、
絶対に書かないと決めていた担降りブログ(的なもの)を書こうと思う。
今になってわかる。これは本人への最後のラブレターなんかじゃない。自分自身が納得するためのひとつの儀式だ。エゴの塊、気持ち悪いほどの自己顕示欲の現れだ。
どうか、この文章が彼の元に微塵も届かないようにと願ってやまない。
13年。中抜けの時期を誤魔化して水増ししてしまえば13年という時間、私は彼のファンだった。
「手越くんかっこいい!」から始まった私の気持ちは時を超えて、時間を経て、どんどん大きく、広くなっていって、私の人生を鮮やかに彩ってくれた。
「今日が1番好き」は毎日のように更新されて、過去の日記を振り返っては「この頃より今の方が好き」なんて、自分自身にマウントを取ったりもした。
このブログだってその一環で、リアルタイムの「好き」を色褪せないうちに真空保存するための手段だった。
私は本当にNEWSの手越祐也くんが大好きだった。
それは、手越祐也くんになっても変わらないと、
信じて疑わなかった。
13年も応援していれば、彼に全くなんの違和感も覚えないなんてことはなかった。
それでも気持ちを天秤にかけたとき、違和感に蓋をして目をつぶって「好き」を圧勝させて生きてきた。
その「違和感」が怪物になって、私と手越くんの歴史に終止符を打った。
もう取り返しのつかないところに来てしまった…というか、彼が行ってしまったと思った。
ファンに近づきたくてジャニーズを辞めた彼を、私はものすごく遠くに感じてしまった。
今後彼を応援し続ければ、SNS、YouTube、配信、彼の夢だったイベントの数々……きっと物理的距離は近くなる。彼はそれを望んでジャニーズを離れたのだと思う。
そうじゃない。
って思ってしまった。
私はNEWS手越祐也のままで充分幸せだった。
充分と書くと妥協してるように聞こえるかな、「ベストだった」が正しいかもしれない。
気軽に会えない。コンサートは基本年1回。目が合うことすら奇跡で、言葉を交わし合うなんて夢のまた夢。
そんな、圧倒的に手の届かない場所にいるのに、心の中では1番私の傍にいてくれて、手を差し伸べて、背中をさすって、手を握ってくれていた。
そんな奇妙な関係が大好きだった。制約まみれで融通の効かない堅苦しいあの事務所だからこそ、その中で自由奔放に挑戦し続ける彼が大好きだった。「かっこいい」と思った。
やりたいことを我慢して出来なくて、「ファンのため」という重責のせいで一生を「やらずの後悔」にしてしまうならどうか出ていって欲しいと思うのも私の本当の気持ちだった。
いつか、現状のジャニーズ事務所の体制で「NEWS」を続けていくことに無理が生じるんだろうな、とも思っていた。「次に辞めるとしたら」なんてなんのプラスにもならない想像は無粋だからしなかったけど。
神様が「近々1人NEWSから脱退します」とお告げを残したら、悪いけど、心当たりは彼一択だったと思う。
それでも、私は続けて欲しかった。
もう私の発言で彼が辞めたい気持ちに蓋をすることはないと分かっているから言うけれど、続けて欲しかった。NEWSでいて欲しかった。ジャニーズでいて欲しかった。
この気持ちが誤解なく彼に伝わることは不可能に近いってわかってるけど、私は「ジャニーズ事務所所属NEWSのメンバー手越祐也」を世界で1番愛していた。
私が「ジャニーズありきじゃない彼の魅力」と思っていたものは、全てジャニーズのNEWSありきだったことをひしひしと実感させられた。
そんな自分の浅はかさにも、悲しくなった。
最近、なんの番組だったか、風間くんが出演していたことがあって、その内容をネットニュースで見た。
歌って踊らないのに何故ジャニーズにいるのか、という質問に対して「他の事務所だったりフリーのタレントで歌って踊らないのは当たり前じゃないですか。ジャニーズなのに歌って踊らないって面白くないですか?」というような返答をしていたと書いてあった。
私が彼含めてNEWSに感じていた魅力の1つがこれだな、とその時深く感じた。
「ジャニーズなのに」という肩書きは本当に強いと思う。「ジャニーズ」自体のイメージが、事務所のお堅い風潮のおかげで凝り固まっているからこそ、その固定概念を覆した時のインパクトは本当に強い。
「ジャニーズなのに」小説家、「ジャニーズなのに」キャスター経験者、「ジャニーズなのに」ファッショニスタ。
「ジャニーズなのに」ゲーム実況者。
かっこよかった。最高にかっこよかった。大好きだった。
でも彼は自ら「ジャニーズなのに」を外してしまった。
これからもし彼を追い続ける選択肢を選んだとして、活動の全てに「ジャニーズなのに」がついたらきっととってもかっこよかっただろうな、と思う気がする。唯一無二のパイオニア。ナンバーワンの革命児。
「一般人」になってしまったら、そんな風に言えなくなってしまう。なんだかそれがとっても勿体ないって部外者ながら思った。
どこか現実感のない数日間で、手越祐也は違う人間と入れ替わってしまったんじゃないかと思った。もう、私の大好きな手越くんじゃなくなってしまったんだと本気で思った。
でも会見で冷静に問答している男性は間違いなく私が愛した手越くんだった。
なんとなく、それとなく、全ての回答がどこかで何かしらの媒体で聞いたことのある内容で、生放送だから初見のはずなのに、次に選ぶ言葉や言い回しが予想出来てしまった。
思った以上に彼を理解していた私に、我ながらびっくりしたりもした。
NEWSが大好きでファンが大好きで事務所をリスペクトしている手越祐也くんだった。
やだなぁ……本当に嫌だなぁ……どうせならとんでもないワガママでケンカ別れしといてよ。本当は子猫ちゃんなんて思ってない、ハニーちゃんなんてリップサービスだって断言してよ。ちゃんと裏切ってよ。
嫌いになりたかったよ。
……なれなかったよ。
最後までだいすきな私の知ってる手越くんだったよ。
だからより一層「じゃあなんで」って思いが拭えなかった。そんなに大好きなメンバーなら一緒に乗り越えられる方法を探せなかったの?本当に相談した?三人寄れば文殊の知恵なんだから、四人揃ったらもっといい答えが見つかってたんじゃないの……?
ぐるぐると考えては、モヤモヤが残った。
どんなに私が考えても、彼が事務所を辞めてしまった事実は覆せないのだから、私には「受け入れる」と「受け入れない」の2コマンドしか用意されていない。
「大好きだよ、幸せになってね。」そう言いながら後者のコマンドを選ぶことにした。
6人から2人が抜けた時、私はNEWSが爆発的に売れてほしいと思った。だけど山下さんも同じくらい成功して欲しいと思った。NEWS担兼山下担を胸に生きようと誓った。
だけど、それは半年も持たずに崩れてしまった。学生だったことも大きいけど、両方の活動を追いかけるにはお金も時間も足りなかった。
私はそんなに器用じゃなかったし、NEWSのソロ活動を応援するのとは訳が違った。
何より、ソロで活動していく山下さんを見る度、「それ、NEWSのままじゃダメだったんかな……」と思ってしまうのが、もう、救いようのないくらい辛かった。
私の大切なグループを最前線で引っ張ってくれていたかつての大黒柱を心のどこかで責めたり、嫌いになることはしたくなかった。絶対に嫌だった。
今回のことで、かつての私の二の舞を踏む人がいないといいな、と心から思う。
どうか、私の大好きだった人を嫌いになることだけはして欲しくない。ワガママだけど、これが私の自担「だった」手越祐也くんに対しての最後の願いだ。
手越くんに出会って、私は本当に心の底から幸せだった。沢山幸せにしてもらった。
女の子を謳歌することの楽しさ、
笑顔でいることの大切さ、
ポジティブでいることのメリット、
コンサートチケットを取る事の大変さ(あんまり知りたくなかったけど!)、
現場があるという幸せ、
アイドルに愛されるという奇跡、
アイドルが笑っていることの喜び、
酸いも甘いも、なんて言うけれど、私は、甘い経験しかしなかった。どんなスキャンダルも外の世界の話で、コンサートという空間の中の私たちには残念ながら届かない。可哀想に、この空間を知らない人には一生分からないだろうけど、この上ない幸福の空間、それがNEWSのコンサートだった。
幸せにしてもらった。私はただその一言しか言えない。
自担だった手越祐也くん。
今まで本当に本当に本当にありがとう。
辛かったこともあったでしょう。苦しかったこともあったでしょう。なんとか耐えてくれてありがとう。
おかげで私の人生はとても色鮮やかで幸せに溢れていました。
あなたに幸せにしてもらいました。
ここから先は、私の力で私のことを幸せにしてあげようと思います。
あなたがジャニーズで培った力をこれからに活かすように、私もあなたを愛することで培った力で、これからの私と、それからほんのちょっとの私の周りの人を幸せにして生きていきます。
それから、浮気してももう怒れる立場じゃないからね!自担の枠が空いちゃったからそこに誰を入れても文句言わせないから!知らないよ!!笑
お互い、頑張ろうね。
2020.06.23
世界で1番の幸せ者、らふより。